備中国新見庄(びっちゅうのくににいみのしょう) 

   新見庄は備中国北部、新見市西方付近から新見市千屋(ちや)、神郷町高瀬に広がる大きな荘園で、平安時代末期に最勝光院領として成立。鎌倉末期から戦国時代までは京都東寺の荘園でした。荘内では鉄、漆、蝋、紙などの特産物を有し、舟運も開かれていました。
  残っている貴重な東寺百合文書(国宝)の中には、有名な土一揆に関した連判状や、荘域全体を記した鎌倉時代の土地台帳、室町時代に京都東寺から赴任した代官祐清の不慮の死を悼んだ新見の女性“たまがき”が形見の品を望んだ書状(たまがき書状)などがあり、いにしえの農民生活やロマンを現代に伝えています。
  また、各地の神社に中世の宮座が残り、土地台帳に記されたとおりの田畑、地名のほか、地頭方政所、名主屋敷跡などの遺跡、五輪塔、延命地蔵、薬師三尊像など石像物、木造阿弥陀如来像などが現存し、“古代が飛鳥で代表されるなら、中世を代表するのは新見である”と言われています。
  新見美術館には、この中世新見庄の歴史史料を展示した展示室があり、このなかの「たまがき書状」は、東寺百合文書(国宝)の中のひとつで、他の文書、地形模型などとともにレプリカで展示されています。
 
 阿弥陀如来座像 新見市指定重要文化財







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